市民病院のマークを作ることになり、全国に公募することにしました。ホームページや病院だよりに載せたのですが、誰も気づいてくれないのではないかと不安な面がありました。しかし、全国から予想以上の12人から24案の応募がありました。それもすべてプロのかたの作品のようです。
  早速、職員全員による投票を行い、上位3件を選びました。ここで一つに絞らなかったのは、東京オリンピックのロゴマーク騒動が記憶に残っていたからです。類似していたり、盗作であると困るからです。

3つの案のうち、「クローバー」に注目!!
   3つの案について、検索の専門業者に委託すると、その一つのデザインにあった四つ葉のクローバーについてのコメントに皆が驚きました。四つ葉から出ている茎の形やパターンに関係なく、四つ葉が引っかかるとのコメントだったのです。確かに四つ葉のデザインも見た記憶があります、しかし、四つ葉自体が問題になるなんて。では、五つ葉なら、六つ葉ならと考えている途中で、病院のマークとは別にクローバーについて、検索することに道がそれました。検索した結果、四つ葉のクローバーの発生頻度は三つ葉のそれに対して1万から3万分の1程度と非常に少ないことが分かりましたが、それ以上の多葉についての頻度は書いてありませんでした。たぶんそれを研究するような暇な人はいないのかもしれません。そして、四つ葉のクローバーの四枚の葉には、それぞれ誠実(faith)、希望(hope)、愛(Love)、幸運(lucky)の意味があり、五つ葉のクローバーには「経済的繁栄」ないし「財運」の意味が追加され、六つ葉のクローバーは「地位と名声」の意味が、七つ葉のクローバーには「無限の幸福」の意味が追加されるようです。昔から意外と四つ葉以上の葉の数が見つかっていることも分かりました。じゃ、最高は何枚かと検索したところ、某新聞記事に、「岩手県花巻市の農業小原繁男さんが昨年(H27年)5月、自宅の畑で見つけた56葉のクローバーが、ギネス世界記録に認定されたことが20日に分かった。これまでの記録は小原さんが持っていた18葉」とありました。 写真も
 四葉
※選考中のデザインとは関係ありません
一緒に載っていたので、嘘ではなさそうです。20年ほど前、私は四つ葉と供に偶然見つけた五つ葉を大切にしまっておいたのですが、意外と四つ葉以上のクローバーがあることを知り、がっかりする結果でした。また、四つ葉以上のクローバーの発生が遺伝的要因か環境要因かについては議論があるものの、核実験や事故による放射能は関係ないとのことが書かれてあり、こちらの方は安心しました。
  
  そういえば、肝心な病院のマークの行方ですが、ますます類似性チェックが複雑なことになりそうで、今後どうなっていくのか少し心配です。

 定期的にブログを更新すると言っておきながら、忙しさにかまけて放置していました。精神的にゆとりがなかったのでなく、単に他に目が行っていたことに尽きるのですが。締め切りがあると頑張るが、締め切りがないと後回しにした、単にそういうことと似ています。3日坊主と言う言葉がありますが、今回は1日坊主でした。しかし、このブログが大切でないと言うわけではありません。ストレートに大切と言わずに、否定の否定になり、曖昧にしていますが。

 さて、年をとるにつれ、時間の経つのがますます早くなったようです。子供の頃を思い返すと、一日がすごく長くて、一杯遊べた様に思います。最近の会議はあっという間に時間が過ぎ、次の会議や委員会、はたまたカンファレンスと続きます。沢山出来事があり、体験し、費やす時間を足すと1日が長くなる訳ですが、振り返ってみると、1日が短いのです。なぜなのでしょうか。

 時間は客観的なものであると供に、主観的なものでもあります。ある一定の客観的な時間に、沢山の覚えることや興味を引く出来事があると、主観的な時間は長くなるといわれています。ある実験では、客観的な3分間の長さと主観的な3分間の長さは、高齢になるほどズレて、主観的な時間は、客観的な時間を大幅に超えます。簡単に言えば、高齢になると頭の回転が遅くなると言うことなのでしょうね。しかし、回転は遅くとも、一杯時間を費やしています。おかしいと思い悩んでいたのですが、ふと思いつきました。そういえば、時間を費やすものの、新しく覚える内容は少ないようです。全体がほぼ連絡事項です。新しいことは1つか2つありますが、頭で覚えず、手帳に書いています。多分、手帳には沢山のことが綴られるのでしょうが、海馬は働かず、そのために時間を使ったと感じないのかもしれません。では、手帳に書かずに、これらの内容を全部覚えれば良いかなとも思いましたが、今の私の頭では多分容量が足らないでしょう。さらに、つまらないことを全部覚えたって仕方がないと思い、やはり最初から覚える気がないことも自覚しました。だから、時間が早くたつことになり、結局、1日が短いと感じるのでしょう。子供の時のように、もっと大切なことをやり、時間がゆっくりと流れる体験をしたいと思うのですが、もう年齢的に無理なのでしょうか。
 
 ルキウス・A・セネカは、「人生の短さについて」の著書の中で「時間は自分のために使うべきだ」、「多忙な人が年をとっても、長く生きたとは言えない」と述べています。耳が痛いですね。また、時間学会の説では、時間を長く感じるようにするためは、①十分な睡眠や食事を取り、新陳代謝を下げないこと、②マンネリの生活を避けるように、少しずつ新しいことに取り組み、充実した時間を過ごすこと、③強い刺激や恐怖の感情を体験すること、④時間感覚のずれを意識して、日々調整すること、などを提案しています。ということで、(今日は遅いので)、明日からやってみようと思います。そうすれば、このブログも頻繁に書けるようになるかもしれません。

   これから定期的に、いわゆるルーチン化してブログを書いて行くことになりました。
   四季折々に書く「みつば」は院内向け、「病院だより」は市民向けということですが、このブログは、日本語の分かる人向け、ということになるのでしょうか。
    ただ、一般的なことも書きたいと思いますが、専門-オタクの面に走ることも考えて、最初の所に「一般向け」、「専門-オタク向け」と書いてから、話を始めようと思っています。最初はやはり、一般向けでしょうね。


【一般向け】
第1段:「大学病」という病気について
    以前、私が大学に勤務していた時、患者さんが沢山来院され、そのために、何か自分達が偉いような気になっていたのでしたが、それが事実と違うことに気づいたのは大学を辞める時でした。10年以上も外来に来られている患者さんの一言です。私は「退職するためにもうここでは診察が出来ない」といった時、直ちに彼は「先生の代わりに、この科で一番良い先生を紹介して下さい」といったのです。私は、「先生が行くところについて行きます」までは望まないとしても、「先生がいないと困ります」程度は言ってもらえるものと期待していたのですが、彼は自分のことを先に考えられたようです。彼も主治医が代わることで、ショックがあるのでしょうが、私もショックを受けました。別れとはこういうものなのでしょう。 
   病気になった場合、最初に選択するのは大学病院です。最近は、有名な総合病院も選択肢の一つにはいるのかもしれません。ネットで検索し、専門家のいる病院は何でも分かる安心の場所と言うことになっています。まずは、患者さんは大きい建物、高価な検査機械、多くの医師や看護師、そして沢山の患者さん-仲間ですね-がいることで安心するのです。診療所に行ったら、自分以外は誰もいなかった。これでは、不安ですね。私の診察日も、患者さんが一杯いて、予約時間に診察できない時は、何となく不満の態度で入ってこられますが、予約時間通りに進み、待合室に誰もいないと、患者さんは不安そうに入ってこられます。綺麗な建物でかつ行列の出来る店は、やはり安心で美味しいのですネ(自分の舌より、評判ですネ)。
 実は、この気持ちは患者さんだけではありません。働く職員も同じなのです。東京の病院より、私たちの病院の方が給料はよいのです(多分)。しかし、私たちの地域には専門職が都会からはきません。余程田舎と思われているのでしょうか。新幹線も止まるし、近くは高速道路が走り、インターもあるのですが。通勤まで、2時間以上かかり、それも満員電車であっても、働く場所が綺麗で、人が一杯いる方が良いんですね。
   と、いうことで、「大学病」は、別名「安心病」なのです。患者さんだけでなく、職員にとっても3K(綺麗で高層の建物、高価で最新の医療機器/高度医療、顧客・個人の満足度が高い)は大きな要素のようです。
   当院は、先の2つは難しいのですが、何とか最後のK(満足度)を得られるように努力してゆきたいと思っています。

【病院エントランスホール】
 精神科診察風景
【精神科診察室】